人類最強のスナイパー伝説

Date
2007-01-06 (土)
Category
8.超人類☆伝説

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B7%E3%83%A2%E3%83%BB%E3%83%98%E3%82%A4%E3%83%98

シモ・ヘイヘ
当時のロシアとの国境近くに位置する小さな町Rautjärviで生まれ、幼い頃から猟師を営む。1925年に入軍。1939年から1940年にかけて起こった冬戦争では、フィンランド国防陸軍第34連隊第6中隊に所属し、故郷の町に近いコラー河付近での防衛任務に就いた。

ヘイヘは平均気温-20℃から-40℃という酷寒の中で、純白のギリースーツに身を包んで狙撃を行い、公認の記録(通常、狙撃手がその任務を果たす時は同僚が観的を行い、その"スコア"を可能な限り厳密に記録する)として505名のソヴィエト軍兵士を殺害したとされる。その超人的な活躍によりソヴィエト軍兵士からは "Belaya Smert"(Белая Смерть:ロシア語で"白い死神"の意。フィンランド語では"Valkoinen Kuolema")と仇名され、恐怖と憎悪を以って広く知られた。

特に有名なのが4000名のソヴィエト軍に対して、ヘイヘを含むフィンランド軍わずか32名が迎え撃った"キラー・ヒル"での戦闘で、ついに終戦までフィンランドはコラー河付近の領土をソヴィエト軍の侵攻から守り抜き、この戦いは後に"コラー河の奇跡"と呼ばれた。

しかし終戦直前の1940年3月6日、ヘイヘは復讐に燃えるソヴィエト軍スナイパーの狙撃により、あごを撃ち抜かれるという重傷を負う。友軍に救出されてかろうじて一命を取り留め、3月13日に意識を回復したものの、すでに冬戦争はその前日、モスクワでの講和条約締結を持って終戦を迎えていたのである。

終戦後、ヘイヘはグスタフ・マンネルヘイム元帥と面会し、コラー十字章を受勲、兵長から少尉へと5階級もの特進を果たしたが、その後戦場に出ることは無く余生を過ごし、2002年に96歳でこの世を去った。
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フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』より

世界には映画の主人公を地で逝ってる人がいるんですね。。。
すごすぎ

Comment:1

ufsg5088d:2007-02-16 (金) 13:26

Ephedra

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